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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)11815号 判決 1980年8月28日

原告 大日本印刷株式会社

右代表者代表取締役 北島織衛

右訴訟代理人弁護士 千葉宗八

千葉宗武

青山緑

被告 株式会社 高桑事務所

右代表者代表取締役 高桑誓治

右訴訟代理人弁護士 小池金市

林哲郎

地田良彦

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

一  原告

1  (主たる請求)

(一) 被告は原告に対し、金一七八三万四八〇〇円およびこれに対する昭和五三年一月一四日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言

2  (予備的請求)

(一) 訴外株式会社趣味と生活本社が被告に対し、昭和五二年六月三〇日になした金四〇〇〇万円の債務弁済のうち、金一七八三万四八〇〇円に相当する部分を取消す。

(二) 被告は原告に対し、金一七八三万四八〇〇円を支払え。

(三) 訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言

二  被告

主文同旨の判決

第二請求の原因

一  原告は、各種印刷、製版、製本等を主たる業務とする会社であり、訴外株式会社趣味と生活本社(以下、単に訴外会社という。)はカタログによる商品の通信販売等を業とする会社であるところ、原告は訴外会社から別表(1)記載のとおり、印刷物の作成を請負い(支払条件は、納入後毎月二〇日締切、翌一〇日一二〇日サイトの約束手形支払の約)、これを引渡し、合計金一七八三万四八〇〇円の代金債権を有する。

二  訴外会社は、被告の一部門であり、その法人格は全くの形骸にすぎず、形式的な法人格の有限責任性を利用し、自己の契約責任を免がれるため、法人格を乱用しているから、法人格否認の法理により、子会社たる訴外会社の法人格を否認し、親会社である被告に対し、本件代金の請求をする。すなわち、

1  被告は、訴外会社の全株式を所有し、その代表者を共通にし、訴外会社の使用する土地、建物はもちろん、その什器備品にいたるまでを所有し、これを訴外会社に賃貸しているほか、営業に必要な商標権もこれを所有し、これを訴外会社に使用許諾する方式をとり、訴外会社を管理支配した。

2  被告は、訴外会社を設立して以来、従業員は数名で不動産・動産等の賃貸以外の業務は行わず、訴外会社から商標権の使用料および本店建物、什器備品の賃料名義で多額の利益を吸収したほか、株式配当としても多額を受領し、不動産等の資産を蓄積した。

3  訴外会社は、売掛金と在庫商品のほか、資産を有さず、各地販売会社として設立された訴外株式会社福岡趣味と生活社、同広島趣味と生活社、同趣味の友社、同大阪趣味と生活社、同名古屋趣味と生活社、同仙台趣味と生活社、同札幌趣味と生活社も被告が全株式を所有し、開発助成金を負担し、商標権の使用許諾をなす等その利益を被告が吸収する仕組みであり、しかも商品の販売先である右各販売会社が昭和五一年から同五二年にかけてつぎつぎと閉鎖されたため、不良債権や不良貸付金だけが残存する仕儀となった。

4  被告から訴外会社に対し、従業員が出向し、人的構成に混同があったほか、被告において訴外会社の伝票操作を自由になしうる等経理業務の混同があった。

5  訴外会社は被告に対し、昭和五二年三月末日から七月初旬にかけて、つぎのとおり貸金合計金二億〇八一五万五三〇五円を弁済したうえ、同年七月一一日第一回の、同月二五日第二回の各手形不渡を出し、銀行取引停止処分を受け、倒産した。

(一)昭和五二年三月三一日 金四四七四万円

(二)同年四月四日     金四一五〇万円

(三)同年四月五日     金四〇〇〇万円

(四)同年四月六日     金三〇〇万円

(五)同年四月七日     金一〇七九万円

(六)同年四月一一日    金一五〇〇万円

(七)同年四月一八日    金二四〇万円

(八)同年五月一二日    金一〇〇万円

(九)同年五月一九日    金五〇〇万円

(一〇)同年五月二〇日    金三〇〇万円

(一一)同年六月三〇日    金四〇〇〇万円

(一二)同年七月九日  金一七二万五三〇五円

三  仮に、訴外会社の法人格否認が認められないとしても、

1  訴外会社は被告に対し、昭和五二年六月三〇日、前記のとおり、金四〇〇〇万円を債務弁済した。

2  訴外会社と被告は、前記事実関係のもとにおいて、他の債権者を害することを知りながら、通謀のうえ右弁済行為をした。

3  よって、原告は、右弁済行為を詐害行為として、原告の前記債権額の範囲内で取消を求める。

四  以上のとおり、原告は被告に対し、第一次的に法人格否認の法理を適用し、印刷代金一七八三万四八〇〇円およびこれに対する訴状送達の翌日である昭和五三年一月一四日から支払ずみまで商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払を求め、第二次的に債権者取消権を行使して、右印刷代金の支払を求める。

第三請求の原因に対する認否

一  請求の原因第一項は認める。同第二項前文は否認する。同項1のうち、什器備品をすべて被告が所有し、これを訴外会社に賃貸していること、被告が訴外会社を管理支配していることは否認するが、その余は認める。同項2のうち、被告が訴外会社に対し、同社本店建物、什器備品を貸与し、商標権の使用許諾をし、賃料、使用料名義の金員を受領したこと、被告が同社から株式配当を一時受けたことは認めるが、その余は争う。同項3のうち、主張の販売会社が設立されたこと、被告が開発助成金を支出したこと、訴外会社が右各販売会社に商品を販売したこと、右各販売会社が昭和五一年から同五二年にかけて閉鎖されたことは認めるが、その余は争う。同4は否認する。同5は認める。ただし、昭和五二年七月九日分は、同年六月分の商標権使用料として支払われたものである。同第三項1は認める。同項2は否認する。

二1  被告は、昭和二九年一月二三日に設立され、以来「趣味の会」とこれに関連する二〇数種に及び商標権を所有し、その名をもって全国に宣伝活動を行い、全国の銘菓、名物の通信販売を経営し、盛業となったが、被告はもともと経営コンサルタントを営むものであったところから、古い社員の希望も入れて、別会社で経営することとし、被告が現金二〇〇万円を出資して、昭和三九年四月二一日、訴外会社が設立された。

2  訴外会社は、当初、被告の現代表者が役員に入らず、被告から通信販売の営業権を無償で譲受け、また本店建物や什器備品の貸与を受けて営業を開始したが、被告が担保提供して金融機関から融資を受ける際、責任上被告代表者がその代表者に就任し、その後三回の増資を経て、昭和四六年二月三日、資本金四五〇〇万円となった。

3  訴外会社は、満一三年余り営業を続け、その間月商二億円以上になった時期もあり、その利益は営業組織の拡充強化に投入した。訴外会社は、商事会社であり、商事会社は資金が寝る自己使用不動産を所有せず、余剰資金はさらに利益を生みだす営業上の商品取得に投下されるのが通例である。

4  被告が所有する不動産は、被告において、従前の所有物件と取得する物件とを順次担保に供し、金融機関から融資を受けて取得したものであり、訴外会社の利益金を流用したものではない。

5  訴外会社と被告の財産は、厳格に区分され、業務も前者は商事会社、後者は経営コンサルタント、不動産等管理であって混同はなく、経理上も全く区分されており混同はない。

6  前記各販売会社は、通信販売方式をとったため、郵便料金の値上げによる経費の増大といわゆるオイルショック後急激に増加した人件費等のため、収支のバランスが崩れてきたため、通信販売とともにサービスホームなる地区代理店を設けて運営し、これが昭和五〇年には全国で約一五〇か所に達したものの、不況による購売力の低下と同種業者との競争やマルチ商法類似とみられたこと等のため、売上高がさらに減少して損失を計上し、訴外会社の買掛金が滞って、同社の資金繰りを圧迫し、ために訴外会社の直轄で運営することとし、前記のように各地の販売会社を閉鎖し、訴外会社の直売機構の拡大強化と全国各地のサービスホームの増加により経費の節減をはかったが、従前訴外会社の宣伝用カタログ、チラシ等の作成を一手に請負っていた訴外株式会社明幸社が昭和五一年一一月一日に、同株式会社大京製本が同年一一月一五日に手形不渡を出し倒産したため、同社に対し発行していた融通手形(前者につき、金四八二七万五一五〇円、後者につき、金二一四三万六七四六円)の決済を余儀なくされ、ために資金繰りがさらに悪化し、ついに前記のとおり倒産するにいたった。

7  ところで、被告は訴外会社に対し、三億円弱の融資金を有していたところ、訴外会社の資金繰りを援助するため、被告が金融機関から融資を得ようとしたが、同金融機関から訴外会社に対する貸付残高の減少がなされれば融資可能との感触を得たところから、別表(2)記載のとおり、被告は株式会社広島趣味と生活社を除く被告所有建物を賃借するその余の販売会社に対し、立退料名義で実質上は融資金を支弁し、さらに保証金を返還し、これらの金員を源資として、訴外会社に対する買掛金債務をそれぞれ弁済し、訴外会社はこれらの金員を源資として、被告に対する貸金債務を請求の原因第二項、(5)、(一)ないし(一〇)のように、それぞれ弁済し、さらに、被告の関係会社である訴外大明開発株式会社に金四〇〇〇万円を貸与し、同社が訴外会社に対し、金四〇〇〇万円を貸与し、これを源資として、被告に対する貸金債務を請求の原因第二項、5、(一一)のように弁済したにすぎず、各販売会社には、支払源資が全くなかったのであるから、債権者を詐害する行為とはなり得ない。

8  なお、訴外会社の倒産時における売掛金は、一億六〇〇〇万円余(通信販売金六一〇〇万円、サービスホーム金九二〇〇万円、旧販売会社金一二〇〇万円)であり、在庫商品高は、金一億三六〇〇万円(簿価)であった。また、被告の訴外会社に対する未収貸金残額は、金九八八二万四〇七三円であり、訴外会社が金融機関から借受けるにあたり、被告が担保提供しているため、担保不動産を任意売却して代位弁済すべき金額は、四行合計一億五九三四万三六一八円である。

9  以上のとおり、法人格否認の法理および債権者取消権に関する主張はいずれも理由がない。

第四証拠《省略》

理由

一  請求の原因第一項の事実は、当事者間に争いがない。

二  主たる請求について

1  《証拠省略》を総合すると、

(一)  被告は、昭和二九年一月二三日、商号を高桑経済研究所、資本金一〇万円、目的をいわゆる経営コンサルタント業として発足し、その後商号を現商号に変更し、増資により資本金一〇〇〇万円(被告代表者高桑誓治個人が全株所有)となり、さらに昭和四九年にいたり、目的に各種事業への投資及び育成、不動産、車輛、什器備品等の賃貸業等を追加して今日にいたった。

(二)  被告は、設立以来、「日本趣味の会」、「趣味の会」等の商標ないし営業表示のもとに、カタログによる全国名物、名菓等の販売を全国的に行ない、年毎に業績をあげ、従業員も増え、さらに右商標権登録をするにいたったが、昭和三九年にいたり、被告の商号と組織による業績の増大には限界があるうえ、従業員の志気を喚起し、組織の拡充をはかり、さらに全国的な販路拡張をはかる等の必要から、別会社方式による営業の拡充をはかることとし、同年四月二一日、被告の全額出資による資本金二〇〇万円とする訴外会社を設立し、被告従業員の殆んどを同社に移籍し、前記各商標権の使用許諾をなし、さらに被告本店建物の一部と什器備品等を同社に賃貸し、従前の営業権を無償で譲渡し、同社が従前の営業をそのまま承継した(訴外会社株式の所有関係、商標権の所有と賃貸および建物、什器備品の賃貸に関する部分は、当事者間に争いがない。)。

(三)  訴外会社は、当初被告代表者たる訴外高桑誓治が役員に就任しなかったが、昭和四一年にいたり、被告において、同社のために担保を提供し、同社の融資をはかる必要にせまられ、同人が同社代表者に就任し、その後被告の全額出資による数次の増資により、資本金は金四五〇〇万円となった(訴外会社株式の所有関係、訴外高桑誓治の訴外会社代表者就任に関する部分は、当事者間に争いがない。)。

(四)  被告は、昭和四〇年以降、その全額出資により、全国各地に、訴外株式会社福岡趣味と生活社、同広島趣味と生活社、同趣味の友社、同大阪趣味と生活社、同名古屋趣味と生活社、同仙台趣味と生活社、同札幌趣味と生活社を設立し、広島を除くその余の会社には、自己所有建物を賃貸し、右各社が各地域に対する販売を担当し、訴外会社は右各社に対する商品の供給を担当する仕組みとし、訴外会社は被告に対し、前記商標権使用料として、各地の右販売会社の最終売上高に対する三パーセント相当(ただし、後記サービスホーム拡充の期間中は、一・五パーセントに減額した。)分を支払い、本店建物の賃料として毎月金八五万円、什器備品の賃料として毎月金一〇万円宛支払い、さらに昭和四三年ごろから同五〇年六月三〇日までの間、ほぼ毎年平均約五〇〇万円の株式配当金を支払った(販売会社設立、株式配当が一時なされたことは、当事者間に争いがない。)。

(五)  訴外会社の業績の良否は、右各販売会社によるカタログによる通信販売の成績いかんにかかったが、郵便料金の値上げとオイルショック以後の人件費の増大により、採算がとりにくくなったため、サービスホームと称する代理店方式を採用し、訴外会社から右各販売会社に対し、昭和四九年ごろから合計約二億円に及ぶ開発助成費を支出し、サービスホームの拡充につとめ、一時は業績の向上に寄与したものの、次第に良質のホームを得ることができず、いわゆるマルチ商法類似の方式と一般にとられたことも加わり、かえって経費の増大をきたすにいたり、各販売会社の営業上の損失を招来させ、ために訴外会社の資金繰りを圧迫したため、昭和五一年以降、順次各販売会社を閉鎖し、訴外会社の直営方式をとるにいたった。

(六)  訴外会社は、前記サービスホーム拡充のための開発助成費を繰延資産に計上して、決算上ようやく利益金を計上してきたものの、昭和五一年六月三〇日決算においては、約三〇〇〇万円の欠捐金を計上するにいたり、その資金繰りを被告からの融資と被告所有不動産の担保提供による金融機関からの融資で切り抜けてきたところ、同年秋にいたり、従来訴外会社のカタログ等の作成を一手に請負っていた訴外株式会社明光社、同大京製本が手形不渡を出し倒産し、ために両社に対する関係で合計約六九七一万円の出捐を余儀なくされ、一挙に資金繰りが苦しくなった。被告は、同年秋ごろから、取引銀行に対し、融資方の打診をつづけたが、銀行側から訴外会社に対する貸金額が過大すぎる旨の示唆を受けたところから、一旦は同社に対する債権放棄の方法による減額を考慮したものの、税務上の障害からこれを断念し、前記のように閉鎖した各販売会社(第三者から店舗を賃借した訴外広島趣味と生活社を除く。)に対し、立退料名義で金員を支払い、これを源資として、順次訴外会社、被告に対する債務の弁済に充て、被告の訴外会社に対する貸金額を減額させることとし、別表(2)記載のとおり、昭和五二年四月六日までに、各販売会社に対し、合計金二億〇二〇〇万円を立退料名義で支払い、各販売会社は、その頃、これを源資として、訴外会社に対する債務を支払った(もっとも、一部は販売会社自らの資金繰りに費消された。)ものであり、訴外会社は被告に対し、これを源資として、請求の原因第二項、5、(一)ないし(一〇)記載のとおり、同年三月末日から同年五月二〇日までの間、合計金一億六六四三万円を貸金債務の弁済として支払った(訴外会社から被告に対する弁済に関する部分は、当事者間に争いがない。)。

(七)  被告の訴外会社に対する貸金は、右の操作により、約一億二ないし三〇〇〇万円程に減額されたものの、銀行側からさらに少なくとも金一億円を下まわることを示唆されたため、被告は、同年六月三〇日、関係会社である訴外株式会社大明開発から金三〇〇万円を借り受け、これに自己資金三七〇〇万円を加えた金四〇〇〇万円を右大明開発に貸付け、同社は、これを即日訴外会社に貸付け、訴外会社は、これを源資として、被告に対し、貸金債務を弁済した(訴外会社から被告に対する弁済に関する部分は、当事者間に争いがない。)ため、訴外会社に対する貸金残額は約金八〇〇〇万円程に減少した。

(八)  被告は、右の作業をしたのち、さらに銀行側と融資方の交渉を継続したものの、ついに融資交渉がまとまらず、訴外会社は、同年七月不渡を出し側産するにいたった。倒産時における負債総額は、約金七億五〇〇〇万円であり、売掛債権約一億六〇〇〇万円、商品在庫約金一億三〇〇〇万円(簿価)であり、負債のうち、被告に対するものが約金八〇〇〇万円、訴外株式会社大明開発に対するものが約金三八〇〇万円であり、被告において不動産を担保提供しているため、被告において代位弁済すべき金融機関に対するものが約一億六〇〇〇万円であった。

(九)  訴外会社の倒産時における従業員は約三〇名であり、被告の従業員は数名であり、同一建物内に事務所が所在していたが、資産、経理内容は明確に区分され、両者にまたがる経理事務を同一人が伝票操作することがあったものの、資金の事実上の混同はなく、訴外会社の株式も現実に払い込まれた。また、被告所有の不動産は、被告が当初取得した不動産の値上りによる担保価値の増大による銀行等の融資により、順次買受けるにいたったものであり、いずれも被告自らあるいは訴外会社の融資に対する担保として提供されている。

(一〇)  被告は、関係会社として、前記各販売会社のほかに、前記株式会社大明開発(昭和三九年二月一〇日設立)、訴外乙甲ホーム株式会社(旧商号株式会社ダンフリー経営センター)(昭和四五年四月四日設立)、訴外かんぼ公社(旧商号ホクブ興産株式会社)(昭和四五年七月三〇日設立)を有するほか、前記訴外株式会社趣味の友社を昭和五一年三月二六日、乙甲代販株式会社と商号の変更をなし、前記株式会社福岡趣味と生活社を昭和五三年三月一日、オツコウ美健株式会社と商号変更し、本店を被告住所に移転した。

(一一)  訴外会社は、倒産寸前の時期において、サービスホームが拡充された地域における売上げの拡大をはかるため、乙甲代販株式会社名をもって、カタログを発行し、注文を受付けたが、前記乙甲代販株式会社の経理に入れたものではなかった。

以上の事実が認められ、たしかに《証拠省略》によると、被告の昭和五一年七月三一日決算における訴外会社に対する貸金額は、金一億七六六八万二二三〇円、訴外会社の同年六月三〇日決算における被告に対する貸金債務は、金一億六四八二万四六〇〇円とそれぞれ表示され、さらに被告の昭和五二年七月三一日決算における訴外会社に対する貸金額は、金一億三六六八万五〇〇〇円、訴外会社の同年七月三一日現在の貸借対照表における被告に対する貸金債務は、金七八六八万五〇〇〇円とそれぞれ表示されていることが明らかであるが、決算における貸金額は決算日における貸借対照表の金額を示すものであって、決算にいたるまでの期間の貸金額を示すものではないし、弁論の全趣旨を加えると、昭和五二年七月三一日現在の訴外会社と被告における貸金額の相違は、手形債務の会計上の処理の違いによるものであることが窺われるから、前記各証拠をあわせ考えると、いずれも右認定を左右するに足らず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

2  前記認定事実によれば、訴外会社は、その全株式を被告が所有するいわゆる一人会社であり、同一建物内に双方とも事務所を有し、代表者が共通であるほか、もと被告従業員が訴外会社の幹部であるうえ、被告が通信販売事業における中枢の地位を占め、訴外会社を中心として各地に販売会社を設立して販路の拡張をはかり、被告において右訴外会社、販売会社から商標使用料、建物、什器備品等の賃料および株式配当金を受領する仕組みであって、被告が資本、人事、業務面において、訴外会社を管理、支配する関係にあったものと解するのが相当である。しかしながら、訴外会社は、被告とは別個の人的、物的組織を有しており、被告が訴外会社の金融につき、融資または担保提供等の面で、深くかかわっていたことは認められるものの、その間に組織、業務内容、財産および経理関係に混同があったことを認めるに足る証拠はなく、訴外会社が営利会社としての独立性を欠き、被告の一営業部門にすぎないということはできないから、原告の訴外会社が法人格の形骸にすぎないとする主張は採用できない。

ところで、原告は、被告が右のような訴外会社の支配関係のもとで、その法人格の有限責任性を利用し、自己の契約責任を免がれるため、法人格を乱用している旨主張するが、前記認定事実からすると、被告がその全株式を所有して、訴外会社や前記各販売会社を設立したのは、通信販売事業の全国的な販路の拡充をはかり、企業組織の分散による効率的な運営を目的とし、あわせて危険の分担をはかったものと考えられ、右体制による運営が約一三年間にわたって継続されてきたことをあわせ考えると、それ自体としては違法、不当の目的ということはできない。もっとも、被告は、訴外会社や各販売会社から、商標使用料、建物、什器備品の賃料および株式配当金として、金員を収受しているけれども、これが法外な額の金員であることを認めるに足る証拠はないし、被告所有不動産に対しては、訴外会社のために、金融機関に担保として供されており、また被告は、前記1、(一〇)のとおり、多くの関係会社を有しているが、前記証拠に徴すると、その殆んどは、訴外会社が倒産したのちにおいて、実質的に稼働しているものであって、訴外会社の倒産に関連して、これが乱用されたことを認めるに足る証拠はない。さらに、前記認定のとおり、被告は、訴外会社から貸金の返済を受けるにあたり、前記認定のとおり、関係会社を利用した特異的な操作をしているけれども、これは親会社として、商業道徳上、訴外会社のために、銀行から融資を受ける条件を作出せざるを得なかったために、なされたものであって、これをもって直ちに法人格の乱用があったということはできないし、前記訴外会社が倒産するにいたった経緯に徴すると、被告において、訴外会社の倒産を意図的に作出したものということはできない。

3  以上のとおり、訴外会社の法人格を否認することを前提とする被告に対する印刷代金の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

三  予備的請求について

1  訴外会社が被告に対し、昭和五二年六月三〇日、貸金債務の弁済として、金四〇〇〇万円を支払ったことは、前記のとおりである。

2  ところで、債権者平等の原則は、破産宣告をまって始めて生ずるものであるから、債務超過の状況にあって、一債権者に弁済することが、他の債権者の共同担保を減少する場合であっても、債務者が右債権者と通謀し、他の債権者を害する意思をもって弁済した場合に限り、詐害行為となるにすぎないと解すべきところ、たしかに、前記のとおり、訴外会社は、当時債務超過の状況にあり、被告は子会社である訴外会社を管理、支配する関係にあるうえ、両代表者が共通であるけれども、前項1、(七)認定のとおり、被告において、訴外会社のため、銀行から融資を受ける条件を作出する必要から、自ら関係会社に出捐し、これを同社から訴外会社に貸付け、これを源資として、訴外会社から被告に弁済され、被告の訴外会社に対する貸金額の減額をはかったものであって、右事実関係からすると、被告と訴外会社と通謀して、他の債権者を害する意思で弁済したものということはできず、他にこれを認めるに足る証拠はない。

3  以上のとおり、債権者取消権の行使を前提とする被告に対する請求は、その余について判断するまでもなく、理由がない。

四  以上のとおり、原告の本訴請求は、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤博)

<以下省略>

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